創像工房 in front of. は、演劇・映画・お笑いなど
エンターテインメントを創作する慶應義塾大学の公認サークルです。

第1話
第2話
第3話
第4話
第5話
最終回
第2話
やさしい人々
作 色野あゆみ
 通話を終え、携帯電話をぱちりと閉じながら、改めてその人を見下ろす。少し細身の男性。身長は私よりもありそうだ。
 にしても、この状況。これは、行き倒れと判断してもいいのだろうか? 行き倒れだなんて、まさか今時そんな目に遭う人がいる訳が……と言いたいところだが、目の前にそれらしき実例がある以上、否定出来よう筈も無い。
「……というか、どうやって運ぼう。この人」
 困り果てて呟く。ごく普通の会社勤めをする一般女性である私に、自分よりも背が高い上に気絶している男の人を運ぶだけの力なんて備わっていない。もうこの際引き摺っていくか……? そんな事を思案しながらその場にしゃがみこむ。間近で見てみると、その人の服装は意外に高級そうだった。私の着ている十把一絡げのセール品なんか足元にも及ばないお値段だろう。それをこんな所に倒れ込んで泥だらけにしやがるなんて、何て奴。
「……って、高級?」
 ふと思考が別の方向へ傾く。ある程度裕福そうな人間が、職に困って行き倒れなんて、果たしてするだろうか?
 となると、実は先刻のうわ言の『めし』も、『飯』では無かったのかも知れない。思わず母親に電話をしてしまったけれど、途中で終わってしまった、別の言葉の可能性も、なきにしもあらず。そう例えば、『メシア』とか『目代』とか……『召使い』、とか。
 何となく金持ちらしいワードに行き着いたと思ったところで突然、運命の音色が辺りに響いた。比喩ではなく、かの有名な大作曲家の交響曲第五番の旋律、の、着メロ。勿論私の趣味ではない。そして周囲に人影は無い。目の前で倒れているこの人以外には。
 最初は放置したのだが、人を急かすようなその旋律があまりに長く鳴っているので、仕方なしに、ポケットから携帯電話を失敬する。ほんの少し泥が付着したそれを開いて、私は正直ドン引きした。音声通話着信中。取るべきか否か、でも取ったら確実に面倒な事になる。それを一瞬で私に覚らせた、画面上に踊る文字……いや人名、それは。
 セバスチャン、だった。