| やさしい人々 |
| 作 中村良法 |
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「飯谷貴章です。」 いきなり発せられた言葉に私は反応できなかった。 「め、めし、や?た、かあき?」 「はい、私の名前は飯谷貴章です。えっと失礼ですがここはどこでしょうか?見覚えのないところのようなのですが。」 私は相手が聞いてきた内容よりも自分の口らか発せられた言葉が気になっていた。『め、めし・・』そう、先ほどこの男が口走っていた言葉は自分の名前だったのだ。で、何を聞かれたんだっけ? 「ここですか?ここは私の家です。で、えっと、あなたは近くに倒れていて、なので、家まで運んできたんですけど。」 しどろもどろになりながら私が答えると、 「あ、ありがとうございます。それで、えっと、もしかしてあなたは来島早苗さんですか?」 いきなり飯谷貴章なんて聞いた覚えのない人物から名前を呼ばれ私は狼狽した。それに気づいたのか彼が説明してくれた。 「失礼しました。私は『IITANI株式会社』で社長をしております。」 取引している会社の社長である彼の話を要約するとこうだった。なんでも、彼の中学時代の後輩の実家が経営している会社に機械を納入するように手配したのが私で、興味を持ったらしい。で、会いに来たが道に迷ってしまってしまったらしい。 その後、四人でピザを食べて彼は帰っていった。その席で携帯電話を壊した話をしたが彼は許してくれた。彼は相当おなかがすいていたらしくピザを二枚平らげてしまった。 これが彼との出会いの全てだ。特にときめくような話でもなんでもない。この後しばらくして付き合いだし、今日に至る。私は今、ウエディングドレスに身を包み、人生最大のイベントに臨もうとしている。三十路に入る前にこの日を迎えられてよかった。彼は隣で緊張した面持ちでただずんでいる。あの時と違って髭や髪は整えられている。こちらのほうが私の好みだ。 「拍手でお迎えください。」 司会の声が聞こえた。私たちは手をつないで扉を開けた。 (完) |